脳科学者・中野信子が考える「眠り」のチカラ
#4 眠れよ、人類
脳科学者 中野信子さん
脳科学にまつわる多数の著作を発表し、人の行動や思考の習性について解説を重ねてきた中野信子さん。実は、ロフテーのLT-010(キューブ)を愛用しています。中野さんが枕選びにこだわるのは、睡眠の重要性をよく知っているから。
この連載では、中野信子さんが考える眠りのチカラについて紹介していきます。
たくさん眠れる1年になりますように
「日本人の睡眠時間は世界トップレベルの短さ」「日本人は6時間半しか寝ていないが、理想の睡眠時間は7時間」といった言説を耳にしたことがある方は少なくないのではないでしょうか。
しかしながら、実際には理想の睡眠時間というものはあまりありません。最適な睡眠時間というのは、人によってなばらつきがあるためです。
例えば、ナポレオンはショートスリーパーで3時間の睡眠で充分だったと言われています。一方でアインシュタインは毎日9時間から10時間も眠っていたそう。長時間の睡眠を要する人が短時間しか眠れないと不調に陥る感覚は思い描きやすいと思いますが、短時間しか眠らない人に長時間寝るように言ってもストレスでこちらも不調になってしまうでしょう。
大切なのは、個人にあった適切な睡眠時間を確保することです。
私たちの脳は、眠っている間にシナプスの間に溜まった余分な「ゴミ」を排除しています。再起動をしないでPCやスマホを使い続けていると調子が悪くなるように、頭の中のメモリも活動を続けていると余計な「ゴミ」が溜まり働きが悪くなります。これをクリーンにするのが眠りの作用の一つです。
このクリーンアップの作業にかかる時間は個人差があり、それはおそらく一人ひとりがもつ能力によっても差が出ます。
例に挙げたナポレオンは、起きている間、数多の決断を次々と求められる立場にありました。戦局にあっては、じっくり物事を考えている暇などありません。短時間に集中して考え、すぐに答えを出す。短期的な効率を重視するシステムで組まれている脳の持ち主です。ひょっとしたら、頭のなかの「ゴミ」を排出するスピードも早かったのかもしれません。 一方でアインシュタインの場合はどうでしょう。敏速な判断よりも、たっぷりと時間を使い、じっくりと物事に取り組み、考える。そうした思考が生み出したものが、一般相対性理論や光量子仮説に基づく光電効果等の独創的な理論です。長く複雑な思考実験に耐えるためには、たいへんな思考体力が必要だったことでしょう。溜まった「ゴミ」の排出にも時間がかかったのかもしれません。
マインドリセットに新年は最適!
昨今は限られた時間の中でできるだけ多くのタスクをこなすことが良いとされすぎているように思います。しかしそのような「生産性」にばかりこだわる思考は、いわば20世紀の遺物なのではないでしょうか。これほど物質的に豊かになった時代において、もう生産性にそれほどこだわる必要はないはずです。
私は、もっともっと日本人は眠りを重要視すべきだと思います。短い睡眠と射程の短い思考で耐用年数の低いコモディティをせっせと生産し続けるのとは異なる、「新しい生産性」を定義すべきではないでしょうか。たっぷりと眠り、じっくりと考えて、自分が心から満足できる作品のようなものを作っていく方がより価値が高いという時代が来ていると思います。睡眠は創造性の問題とも関わってくるはずです。
今、私が日本全体に呼びかける言葉があるとするなら「眠りましょう」です。強制的に覚醒させられて無理な仕事を続けるよりも、きちんと眠って納得のいく仕事をした方がいい。その方が、確かな満足に近づけます。眠れよ、日本人。